自分の物差しと相手の物差し

「〇〇さんは、本当に真面目で信頼できますね~」
ある相談者との対話の中での出来事です。
その瞬間から相手の表情が少し硬くなり、言葉数も減っていったのです。私は褒め言葉として励ますつもりで伝えたのですが、相手にとってはそうではなかったようでした。
その後の対話では、まるで相手の心のシャッターがゆっくりと閉じていくような感覚がありました。こちらの思いと相手の受け止め方の間にズレが生じ、その違和感を放置してしまうと、気持ちの距離が広がっていく・・・。そんな経験をした方は少なくないのではないでしょうか。
「物差し」が違うと会話がすれ違う
人はそれぞれ、自分の経験や価値観という「物差し」を持っています。
私が「真面目」と言った言葉には、「信頼できる」「努力家」という肯定的な意味を込めましたが、相手にとっては「融通がきかない」「面白みがない」というイメージが呼び起こされたのかもしれません。
このように、自分の物差しで測った言葉は、相手の物差しでは全く違う意味を持つことがあります。特に1on1のように密度の高い対話では、その小さなズレが関係性に大きな影響を及ぼすのではないでしょうか。
違和感を共有する勇気
では、こうしたズレが起きたとき、どうすればよいのでしょうか。私が学んだのは、「違和感を共有する」ことの大切さです。
例えば、相手の反応が沈んだように感じたら、
「いま、私の言葉に違和感をもたれたかもしれませんね~」
「もし気になったら教えてもらえますか?」と、あえて口に出してみます。
もちろん、相手にとっては少し踏み込まれた感覚になるかもしれません。しかし、その一言が「自分を理解しようとしてくれている」という安心感を生み、信頼関係を築くきっかけになるのではないでしょうか。
むしろその違和感を黙ったままにしてしまう方が、関係は静かに遠ざかっていくのかもしれません。
部下との1on1の場面でも、この「物差しの違い」を意識すると、対話の質が大きく変わります。例えば・・・
□評価を伝える前に確認する
「私から見ると○○さんはすごく誠実に取り組んでいるように感じるけれど、自分ではどう感じていますか?」と、“相手の物差し”を聞き出してから、自分の評価を伝えるとズレが減ります。
□違和感をそのまま言葉にする
「今の表情を見て、少し気になるのですが・・・私の言葉がしっくりこなかったですか?」相手の反応を尊重し、受け止め直す姿勢を見せることが大切です。
□物差しの違いを認め合う
「私にはこう見えたけれど、〇〇さんの中では別の意味があるのですね」違いを正そうとせず、「違って当然」という前提に立つことで、対話が深まります。
信頼は「ズレの修復」から生まれる
信頼関係は、ズレのない完璧な対話から生まれるのではありません。むしろ、「ズレてしまったときに、どう修復できるか」によって築かれていくものではないでしょうか。
人は誰しも、自分の物差しだけでは相手を完全に理解できません。だからこそ、「あ、今少し離れたかも・・・」と感じた瞬間に、相手へ踏み込む勇気を持つこと。その一歩が、対話をより強くつなげ、信頼関係の修復に繋がるのではないでしょうか。
部下との1on1や同僚との日常会話でも、私たちは無意識に“自分の物差し”で言葉を選びがちです。その結果、褒めたつもりの言葉が相手を傷つけたり、励ますつもりが逆に重荷になったりすることもあります。
そんなときは、「相手はどう受け止めているのだろう?」と立ち止まり、違和感を共有してみること。恐れずにその一歩を踏み出すことが、信頼を築き直す大切なプロセスになります。
物差しの違いを否定するのではなく、違いをきっかけに対話を深めていくこと。それこそが、これからの職場で求められるコミュニケーションの姿ではないでしょうか。
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