定着の前にある、「ここにいていい」と感じる瞬間
人が職場に残るか、離れるか。
その分かれ道は、制度や待遇、能力評価だけで決まっているわけではなさそうです。
むしろ、もっと手前のところ。
本人もはっきりと言葉にできないような感覚が、静かに影響していることがあります。それは、「ここにいていいと思えたかどうか」という、とても個人的でとても小さな実感です。
前回のブログで、職場を「土壌」に例えましたが、人が育つかどうかは、個人の努力だけではなく、どのような土壌に根を下ろしているかにも左右されます。
定着も同じなのかもしれません。
根を張ろうとする前に、そもそも根を下ろしてよい場所だと感じられているか。この感覚が育たないままでは、人は長く留まろうとはしにくいのではないでしょうか。
では、職場の土壌とは、具体的には何を意味しているのでしょうか。
まずは、土は固いのか、柔らかいのか?
これは、そのまま人間関係のあり方です。
意見を言ったとき、すぐ評価や正誤を返されるのか。いったん受け止めてもらえるのか。分からないと言ったときに、能力不足と見なされるのか、成長の途中として扱われるのか。
土が固ければ、根は伸びようとして止まります。柔らかい土壌では、根は自然に広がっていきます。
次に、その土壌に水分があるかどうか?
水分とは、日常の対話量や、挨拶のような小さな関わりです。
「おはよう」「お疲れさま」「ありがとう」「またよろしくね」
こうした言葉が自然に交わされているかどうか。業務とは直接関係のないやり取りのようでいて、そこには「あなたを見ています」というメッセージが含まれています。また、乾いた土では、根が定着しにくいように、関わりの少ない職場では、心理的な居場所も生まれにくくなります。
さらに、思いきり根を伸ばせる余白があるかどうか?
誰に聞けばよいか分かる。部署を越えて相談できる。情報が共有され閉じていない。
根を広げられる環境では、人は自分の役割を少しずつ広げていきます。
そして、光は当たっているでしょうか?
光とは、理念や目標が日常とつながっている状態です。
「この仕事が私達の〇〇につながっているんだよ」「この経験、次の案件で必ず活きるよ」
そんな一言が添えられるだけで、今の業務は未来の自分と結びつきます。人は、意味が分からないことに不安を感じます。ですが、未来とつながっていると分かると、それは経験として受け取りやすくなります。
仕事が“作業”ではなく、“キャリアの一部”として位置づけられます。
若い世代ほど、「成長したい」と同時に、「納得して働きたい」という思いを持っているように感じます。どれだけ力を求められるかよりも、どんな関係性の中で挑戦できるか。その順序が、以前よりも大切になっているのかもしれません。
定着という言葉は、結果としての数字で語られがちですが、実際には、もっと日常的な関わりの中で静かに決まっていく部分もあります。
名前を呼んでもらえること、仕事の意味を少し補足してもらえること、挨拶が自然に交わされること。どれも小さな出来事ですが、その積み重ねが、「ここにいていい」という感覚を形づくっています。
そして、その土壌を日々耕しているのは、管理職や先輩社員の存在です。
定着率を上げようと考えると、制度や施策に目が向きます。もちろんそれも大切ですが、その前に問い直したいのは、私たちの職場の“土”は今、どのような状態かということです。
固くなっていないか?
水は行き渡っているか?
根を伸ばす余白を残しているか?
光を遮っていないか?
リーダーや先輩社員にできることは、何か特別な施策を増やすことではなく、日々の関わりの質を少しだけ耕すことなのかもしれません。
人が育つ前に、安心があり、挑戦の前に、受け入れられている感覚があり、定着の前に、「ここにいていい」と思える瞬間がある。
このシリーズで考えてきたのは、制度やスキルの話というよりも、人が根を張るための土壌とは何か、という問いだったように思います。
目に見えにくく、すぐには成果にならない部分ですが、その土壌こそが、組織の未来を静かに支えているのではないでしょうか。
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