同じ「目標」という景色を、チームでどう描くか?
「どうしたら目標達成できるか?」
頭の中は、自分のことで頭がいっぱいでした。
先日参加した、目標管理をテーマにしたボードゲームでの一幕で、目の前には「業績キューブを10個集める」という明確なゴールが設定されていました。
気がつくと私は、手元のキューブの数が増えたり減ったりすることに一喜一憂し、必死になって自分の盤面とにらめっこをしていました。「どうすれば10個になるのか」そのことばかりを考え、周りを見る余裕すらなくなっていたのです。
その時、ふと立ち止まって「この10個という目的を、みんなはどう捉えているんだろう?」と思い、メンバーに問いかけ、互いの視点を知る時間を持ちました。すると、一人で悩んでいた時には思いもよらなかった手段や、ワクワクするようなアイデアが次々と溢れ出してきたのです。
もしかしたら、日々の業務に追われる私たちも、知らず知らずのうちに自分の「手元のキューブ」“だけ”を見つめて、孤独な戦いをしてしまっているのかもしれません。
この「10」という数字。
職場に置き換えてみると、少しハッとさせられる事実に気づかされます。
例えば、上司やリーダーの方は「メンバーが更なる高みへ行くための、成長の10」だと思い、期待を込めて旗を振っているかもしれません。ですが、部下の方は「未達で注意されないため、怒られないための10」として、必死に自分を守りながら積んでいる可能性があるかもしれません。
同じ「10」という数字を目指していても、その背景にある感情が「期待」なのか「不安」なのかで、チームのリズムや空気は全く変わってしまうのではないでしょうか。
「三人のレンガ職人」の寓話で考えてみると、もし「怒られないため」だけに積み上げるレンガがあるとしたら、それはきっと、重く、無機質なものに感じられるはずです。そんな心理状態で、果たしてチームが本当に手に入れたい成果である、お客様の笑顔や、自分たちの確かな成長に、ワクワクし辿り着けるでしょうか。
「とりあえず10個集めればいいんでしょ」という冷めた空気の中では、クリエイティブな工夫や、仲間を助けようとする手は、なかなか伸びにくいものかもしれません。
お互いの景色を知る
だからこそ、スタート地点での「景色合わせ」が大切になるのではないでしょうか。
寓話の中では、旅人に「何をしているのか」と問われ、一人は「レンガを積んでいる(作業)」と答え、もう一人は「家族を養うお金を稼いでいる(生活)」と答え、もう一人は「歴史に残る大聖堂を造っている(理念)」と答えたことからはじまります。
まず学びになる部分として、三人目の職人のように高い志を持つことが素晴らしいと語られがちですが、実は三人とも「レンガを積む」という目標で考えると、その目標は果たしているのです。どれも等しく尊い仕事だと考えます。
そこで大切なのは、どれが正解か、いいか?悪いか?ということではなく、「仕事の意味や思い」を自分なりに見出し、腹落ちできているか?ではないでしょうか。「どんな大聖堂にしようか?」「ここの積み方を工夫してみない?」と対話を重ねること。そのプロセス自体を楽しむことができて初めて、「これは私の仕事だ」という実感が湧いてくるのではないでしょうか。
そして、目標に向かうにあたり日々色々な事と戦うリーダーの姿が気になります。「目標を達成させなければ」と、一人で10個のキューブを背負い込んでいないでしょうか? メンバーの足並みが揃わないことに、自分自身の力不足を感じてしまうこともあるかもしれません。ですが、リーダーもまた、完璧である必要はないのではないでしょうか。
「実は私も、この10という数字をどう捉えるべきか迷っているんだよね~」
「あなたには、この景色がどう見えている?」
そんな風に、弱さや迷いも含めて共有したり、正解を提示するのではなく、一緒に「土壌」を耕していくその対話こそが、ガチガチに固まったチームをふかふかに解きほぐす、何よりの「肥料」になるのではないでしょうか。
仕事の意味を自分なりに見出し、チームで試行錯誤した経験は、これからキャリアを重ねていく上で直面するであろう、様々な困難や環境の変化に対する「しなやかな強さ」に変わるのではないでしょうか。
「あの時、みんなでああでもないこうでもないと工夫したから、今回もなんとかなるはず」
そう思える経験の積み重ねが、変化を恐れる心を変え、むしろ「変化を楽しむ力」を与えてくれると、私は信じています。
今日、隣にいる仲間と、ミーティングで同席したメンバーと、少しだけ「ゴールの向こう側の景色」について話してみませんか。どんな景色が語られるのか、ワクワクしますね!
<職場のご相談やキャリアのご相談などお問い合わせはこちらまで・・・>
