「思っていたのと違う」は、はじまりの合図
「思っていたのと違う・・・」
新しい環境に向かうとき、多くの人が心の中でつぶやくかもしれません。
仕事の内容。
職場の雰囲気。
人との距離感。
自分の立ち位置。
想像していたものと、目の前に広がる現実が少しずれているように感じがする・・・その瞬間に生まれる戸惑いは、ごく自然な反応ではないでしょうか。
学生から社会人へ。あるいは、異動や転職で新しい職場へ。
立ち位置が変われば、見える景色も変わります。責任も、求められる役割も変わります。それなのに、以前の延長線上で描いたイメージと「同じ」であるはずがないのかも?しれません。
新しく入る側は「想像と違った」と感じる一方で、迎える側はどうでしょうか。
迎える側もまた、「最近の若い人は・・・」「思っていた反応と違う・・・」と感じることがあるかもしれません。新しく入る方、迎える方、違和感は一方向ではなく、両側に起きているのではないでしょうか。
キャリア相談の場で話を聴いていると、「こんなはずじゃなかった」という言葉の奥には、多くの場合“期待”があります。期待があるからこそ、ズレに敏感になるのではないでしょうか。では、そもそもその期待は、どこから生まれたのでしょうか。
経験していない世界を、自分なりに補いながら描いた想像。
過去の成功体験から延長して作られたイメージ。
周囲の話から膨らませた理想像。
想像は、悪いものではありませんが、想像と現実がぴたりと重なることは、むしろ少ないのかもしれません。
だからこそ、問題は「違った」ことそのものではなく、その違いをどう扱うか、です。
先日、ある研修に参加したときのことです。
内容や場の雰囲気に、どこかしっくりこない感覚があり、「思っていたのと少し違うな」と感じていました。せっかく対面で参加できる機会だったこともあり、どこかで強く期待していたのかもしれません。そう気づいた瞬間、少しおかしくなりました。違和感の原因を外側に探していたのですが、実は「期待していた自分」がそこにいたのだと気づいたからです。
すると、不思議と視点が変わりました。講師の伝え方の工夫や、積極的に参加している方の姿、場の中で交わされるやり取りに目が向きはじめ、それまで見えていなかった学びが少しずつ増えていきました。もし最初の違和感のまま心の距離を置いていたら、この時間から受け取れるものは、もっと少なかったのかもしれません。
違いを見つけた瞬間に、「失敗だった」「合っていない」と結論づけてしまうと、視野は急に狭くなります。ですが、「なぜ違うのだろう?」と問いに変えたとき、少しだけ景色が広がります。
なぜこの仕事の進め方なのか?
なぜこの役割なのか?
なぜこの関わり方なのか?
知ろうとすることは、相手を理解するだけでなく、自分の中の想像を書き換え、広げていく作業でもあります。
そして、このギャップと向き合うのは、一人では少し難しいかもしれません。
新社会人が一人で抱え込めば、「自分ができていないのではないか」と思考が内側に向かったり、「合っていない」と即結論付けてしまうかもしれません。また、迎える側が一人で抱え込めば、「最近の若者は」と主語が大きくなりがちです。
だからこそ、
「正直、少し不安です」
「まだよく分かりません」
「思っていたのと少し違いました」
そんな言葉が出せるかどうか、そして、それを受け止められるかどうかです。ギャップは、否定の材料ではなく、対話の入り口になるのではないでしょうか。
3月は、出会いが本格化する前の時間です。
「思っていたのと違う」と感じたとき、世界が合わないのではなく、見方が揺れ始めているのかもしれません。期待に気づき、問いに変えたとき、同じ場所でも見える景色は少し変わります。
その小さな変化こそが、新しい一歩のはじまりなのかもしれません。
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